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人体改造の世紀 [書籍]
第二部・第一章 実用化目前、再生医療の驚異! (2/4)
■ 本当の皮膚を再生させる「培養皮膚」
「ほら、きれいにできているでしょう」
そう教授が声をかけると、大学院生がピンセットで持ち上げた。手にしているのは「培養皮膚」、正確には培養真皮だ。はがき大の大きさで、2〜3ミリと厚みもある、半透明でほんのり黄色い。平たく薄いところてんのような印象もある。
「これが本格化すれば、程度の重い火傷、糖尿病患者さんの
慢性皮膚潰瘍
、高齢者の
床ずれ
、
色素性母斑
などの治療に有効だと思います」
神奈川県相模原市、北里大学医療衛生学部にある人工皮膚研究開発センター。同学部の黒柳能光教授が、教官室とガラス張りで隣接したセンター内を案内する。「培養真皮」は、院内の手術で不要になった皮膚組織が元になる。もちろん入手には患者の同意が必要だ。入手した皮膚組織から酵素を利用して、
繊維芽細胞
という発達性の要素をもった細胞を採取。それを大量に培養させる。一方で、牛の皮から
コラーゲン
というたんぱく質をとり、スポンジ状のシートの形にして用意しておく。この上に増殖させた繊維芽細胞を撒き、培養液を十分に与える。すると、牛のコラーゲンが下地となって、「培養真皮」が培養されていく。「小指の爪ほどの大きさ」の皮膚から、培養によっておよそプール大、300平方メートルの大きさにまで成長させることが可能だという。
そもそも培養皮膚の研究自体はいまに始まったものではなく、古くは'60年代から着目されていた技術だ。実用化に近い技術が芽生えたのが'75年。アメリカのハワード・グリーン博士によって開発され、その技術をもとに改良が重ねられた。
皮膚には体表面を覆う「
表皮
」と、その下に深く広がる「
真皮
」がある。グリーン博士の開発した培養皮膚は表皮だけを増殖させたものだが、黒柳教授の培養皮膚は真皮の働きを備えたものだ。
「過去にコラーゲンの上に
シリコン
を張り合わせた人工真皮もありましたが、これはヒトの細胞が入っていない。また、表皮だけでは皮膚組織がうまく成長しない。そこでヒト細胞の入った真皮の技術を採り入れようと思ったわけです」
「小指の爪ほどの大きさから
プール大まで培養できる」
培養真皮の優れた点は、とりもなおさずその治療効果の確かさだ。これまで人工皮膚と呼ばれてきた
被覆材
はヒトの細胞を含んでいないため、免疫には強いわりに真皮の成長が遅かった。だが、北里大の培養真皮はヒトの細胞を含んでおり、その生きた細胞が
細胞増殖因子
を徐々に放出する。それによって患者本人の真皮が育って傷を治す。いわば培養真皮が本当の皮膚を再生するような仕組みだ。'96年から現在までに治験で、火傷や慢性皮膚潰瘍、床ずれ、ひどくえぐれた外傷などに約150例ほど扱い、いずれも効果が高いことが確認されている。
実際に治療の現場でこの培養真皮を用いてきた湘南鎌倉総合病院・形成外科美容外科の山下理絵部長も「北里の培養皮膚は、火傷などよりも、床ずれや、皮膚が欠損しているような難治性潰瘍などで非常に効果が高い。吸収性のものなので、1週間に1回もしくは2週間に1回重ねていくと見る見る回復していきます」と太鼓判を押す。
こうした実績から、北里大では、培養真皮が必要な病院にドライアイスで搬送する「バイオスキンバンク」というネットワークをつくろうとしているところだ。
実は、先にあげた培養皮膚に関する研究を進めているのは、北里大だけにかぎらない。
名古屋大学医学部では、'99年2月に同部の技術をそのままベンチャー企業に技術移転するという試みも行われている。
■ 欧米ではペニスから、日本では口から
「すでに私のところでも105例ほどの患者さんに適用しており、8〜9割の成功を収めてます。基本的には、熱傷患者さんへの救命措置ですが、ほかにも交通事故などで顔に大きな傷を負った方の移植、色素性母斑の移植などにも適用しています。ただ、現状ではあまりにコストが高い。技術の普及を考えたとき、現在のように国の支援を受けた形よりは民間企業のほうが向いている。それで企業に委ねることにしたのです」
「口腔粘膜を使った培養皮膚は
およそ2週間でできる」
そう語るのは名古屋大学大学院の上田実教授だ。上田教授の開発した培養皮膚は、前出のグリーン博士の技術をベースとし、表皮だけを構成している。だが、口の中の粘膜を素材とした点で培養速度があがり、また品質の精度も高まった。グリーン博士の方式では皮膚を培養素材として3週間かかったが、上田教授の培養皮膚では2週間で生成できる。口腔粘膜は皮膚に比べておよそ倍の速度で分裂するからだ。
「しかも、口腔粘膜は皮膚などに比べ、免疫の拒絶反応が少ない。本来、培養皮膚は自家培養皮膚が原則ですが、自分の細胞が増殖するまでに事故発生から2週間でできる。患部の程度によっては、自家培養皮膚を使うことも可能なのです」
別の利点を、同大医学部組織工学講座の畠賢一郎助教授が補う。
「口の粘膜は角質層が少ないので、皮膚と比べても角質化しにくい。要は垢になりにくいわけです。結果的に長持ちもすることになります」
上田教授が口腔粘膜を選んだ理由には、欧米との環境の違いも大きい。欧米では、宗教上の理由から割礼という形で新生児のペニスから包皮を切除する。これが培養皮膚の素材となる。新生児からの皮膚であるため、新鮮であり、細胞の活性もよい。だが、日本では割礼自体が稀なため、包皮を入手することが難しい。
「一方、歯科では、歯を抜く際に付着した口腔粘膜を毎日いくつも捨てている。その意味では、口腔粘膜は医療廃棄物。それも実用化に際して、一般の方からの抵抗が少ないと思った一因です」
そう上田教授は語る。同大学の技術は、
TLO法
の適用により、'99年2月からベンチャー企業「ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング(J-TEC)」に移管され、2002年の臨床応用に向けて準備を進めている。
「われわれが3年間で100人の患者を治したとしても、日本全体の需要からすればわずかな数。けれども、企業が出きて、大衆化を広げれば数千人にもなる。その貢献は計り知れないでしょう」
そう上田教授は語る。こうした培養皮膚は医療用具にあたるため、
薬事法
に関わる厚生省でもそのガイドラインの策定を進めている。
「各病院などで先生方が自己判断でされる治療ではさまざま進められているようですが、医療用具として製品化される場合は安全性、品質、有効性などで事前の審査をお願いすることになります」(同省・医薬安全局審査管理課・川原章医療機器審査管理官)
とはいえ、これまでの治験からほぼデータは出そろっている。北里大の真皮、名古屋大の表皮ともに培養皮膚では実用化の目前にあるといっていいだろう。
では、皮膚以外の部位ではどうなのか――。
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