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人体改造の世紀 [書籍]

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第三部・第一章 クローン…「時間差の一卵性双生児」たちが生まれる日!(3/4)


■ 細胞周期の同調がふたつの細胞を融合させた
 では、クローンの作成において、これらの細胞はどういう役目を担っていたのか。
 ドリーで試みられた実験は、次のような方法だ。
 Aというメスのヒツジから未受精卵を採取し、その核を除去しておく。Bというメスのヒツジからは、乳腺の上皮から体細胞を一片とり、その体細胞から核だけを採取する。Bの体細胞の核を、Aの核をとった未受精卵に移植し、微弱な電気を流して融合させる。そこで融合された核移植胚をCというメスのヒツジの子宮に入れて妊娠させる。そして、生まれたのがドリーだった(ドリーは遺伝学的にはBとまったく同じ遺伝形質をもっていることになる)。
ドリーができるまで
 この実験を成功させたポイントが、ふたつの細胞のライフサイクル、細胞周期の同調だった。前出の京大・今井教授が言う。
「体細胞は4つの
ライフサイクルを持っている」
「通常の体細胞はライフサイクルをもっており、それは4つのサイクルに分けられています。分裂期(M期)、間期1(G1期)、DNAの複製期(S期)、間期2(G2期)。ロスリンの研究チームはこの周期の特性に目を付けた。未受精卵はたいてい細胞周期の間期1(G1期)にある。ところが、従来移植して失敗していた体細胞はS期。だから、周期が合わずに同調できなかったんです。そこで、乳腺からとりだした体細胞に対し、血清飢餓(栄養が不十分な状態)にすることで間期1に近い状態(G0期)にした。それが移植に成功した理由です」
 すると、分化しきった乳腺上皮細胞の核は、未受精卵と融合することで、通常の受精と同じような発生の動き、つまり卵割をはじめたのである。
 ここで重要なのは、乳腺からとった体細胞の核も、未受精卵と融合することで再び発生初期の状態となり全能性をもった、ということ。たとえて言えば、顔のしわがとれ若返る、「リセット」のような現象が細胞レベルで起こったのである。
「ただし、乳腺の体細胞がどうやって全能性を獲得できたか、つまり『初期化』できたか、というメカニズムについては、いまもまったくわかっていません」(京大・今井教授)
 完全に分化が終わり、成体となった段階では、体細胞はすでに身体の各部位に特有の機能しかもたないようになっている。つまり、皮膚の細胞は皮膚に、肝臓の細胞は肝臓にしかならず、皮膚の細胞が骨や内臓をつくりだしたりはしない。従来の研究では、こうして分化しきった体細胞は、再び全能性を取り戻すことはできない(不可逆性)と考えられていた。ところが、ドリーの誕生がこの説を根底から覆したのである。
 この事実が何を意味するか。
分化した体細胞と
未分化の初期胚の性質の違い
 科学的にはさまざまあるが、社会的に重要な事実がひとつある。それは、クローンという存在は、SF作品で見られるような、本体と同じ歳、同じ外見、同じ人格の存在ではなく、遺伝子が同じである別個の存在であるということだ。


■ クローンに関するいくつもの誤解
 クローンに関する長年の問題は、遺伝子やゲノムといった分子レベルの話以上に、しばしば大きな誤解を伴っていたことだ。
 曰く、皮膚の断片を培養するだけでできてしまう。曰く、クローンができた時点で本人と同じ年齢の成人となっている。曰く、姿かたちから思考、性格に至るまで、すべて生き写しのような人間ができる……。これらのイメージは、すべてSF小説や映画など想像の産物によるものだ。ドリーの件でわかるように、実際のクローンはそこまで突飛な存在ではない。
「よく言うことなのですが、年齢差、時間差のある一卵性の双子、と思ってください」
 東京農業大学の岩崎説雄教授は、ヒトのクローンをつくることには賛成できませんが、とした上で、そうたとえる。
「いってみれば、クローンは
時間差のある一卵性の双子」
「クローンは、いわゆるコピーと思われがちですが、そうではありません。たしかに遺伝的な素質はほぼ同じですが、ヒトの場合、その成長は環境に大きく左右される。一卵性の双子が、容姿や素質は似ていても、同じ食べ物を好んだり、同じ考えをしないように、育つ過程でその人格は大きく変化します。しかも、もし私がいま自分のクローンをつくっても、いまの50歳の私が生まれるわけではありません。ちゃんと0歳から生まれるわけです。だからクローンは年齢差のある双子と言えるのです」
 いくつかの基本的な誤解を解いておきたい。
 まず、われわれヒトのような哺乳類のクローンは、試験管ではできない。クローン作成に必要なのは、身体の一部の体細胞、未受精卵(卵子)、そして子宮だ。女性がひとりいれば、男性がいなくとも女性のクローンはつくれるし、裏を返せば、女性がいなければクローンはつくれない。
東農大・岩崎教授とドリー
クローンに関する誤解
 体細胞の核を卵子に移植し、人為的に融合させ、それを女性ないしは雌の子宮に戻す。すると、ヒトなら十月十日、牛なら7ヵ月、マウスなら3週間で胎児が育まれ、出産となる。つまり、クローンとは、遺伝学的に同じ遺伝子セット(ゲノム)をもって生まれる個体であり、その発生形態は通常の出産と変わりがない。当然のことながら、外見はふつうの赤ちゃんであり、記憶や人格の要である脳もまた、まったく一から作り直される。
「ウシのクローン親子でも、体重とか体高、体長は似てますが、人間にとっての指紋にあたる鼻紋や斑紋(体の模様)などはすべて異なります」(京大・今井教授)
 こうした事実から、かりにヒトでクローンが生まれるとしても、外見も中身も本人と同じ人間ができるわけではないことがわかるだろう。
「もし20歳の人のクローンをつくったとしても、そのクローンができたとき、彼は 0歳。本人と21年の時間的な環境の違いがあるわけです。兄弟は何人なのか、どこで暮らすのか、親がどんな職業か。あらゆるものが同じではない。人間は後天的な要素に圧倒的な影響を受けます。つまり、私がもうひとり生まれると言っても、それは私ではないわけです」(東農大・岩崎教授)
 そこで、疑問がわいてくる。そもそもクローン技術は何のために必要とされているのだろうか。




目次へ 第一部・ヒトゲノム編 「クローンで我が子がほしい」 「ドリー誕生」の衝撃/体細胞と生殖細胞の仕組み 細胞周期の同調がふたつの細胞を融合させた/クローンに関するいくつもの誤解 畜産動物の改良で進化したクローン技術/クローンを望む人たち 2001年のクローンベビー 「クローンするのは私自身だ」/州も認めるヒトクローン支援団体 ドリーで慌てた日本政府/クローンを容認できるかもしれない3つのケース なぜクローンはつくってはいけないのか? 「子宮に戻さなければ何をやってもいい」 縦割り行政が招いたクローン問題の混乱/生命の尊厳を理念として 遺伝子治療とのコンビネーション/クローン技術だから救える病気もある イギリスにおける変化の予兆/クローン技術で生まれても子どもは子ども
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