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“新刊無視”の書店オーナー 作家・藤谷治さん:“店舗型書斎”で小説を書いています。 “新刊無視”の書店オーナー 作家・藤谷治さん:“店舗型書斎”で小説を書いています。
<<【1】【2】【3】>> 取材・文:福島はるみ
写真撮影:金澤智康/動画撮影・編集:水谷明希

下北沢駅から徒歩2分。路地を少し奥に入ったその2階に、“普通の本屋の逆をやる”ことをコンセプトにした書店『フィクショネス』はある。この店のオーナー店長は、作家の藤谷治さんだ。
書店経営、作家までの道のりは、決して楽ではなかった。音楽家としての挫折、シナリオライターに対する憧れと失望、新人賞に落選する日々、脱サラ、予想以上に暇な店……。
しかし藤谷さんにはまったくと言っていいほど悲壮感はない。むしろ「なんとかなるよね! で、なんとかなってきた」と、これまでの出来事を笑い飛ばす。藤谷流オプティミズム(楽観主義)には、どうやらさまざまな“ラッキー”を呼び寄せる何かがあるようだ。


作家・藤谷治さん 作家・藤谷治さん

【PROFILE】
藤谷治(ふじたに・おさむ)
1963年、東京都生まれ。日本大学芸術学部映画学科卒。書店店員、アメリカ駐在員時代、漫画専門店勤め……というサラリーマン生活を経験後、脱サラ。下北沢に書店『フィクショネス』をオープンさせる。書店経営のかたわら、執筆活動を本格的にスタートし、2003年『アンダンテ・モッツァレラ・チーズ』でデビュー。著書に『おがたQ、という女』、『恋するたなだ君』、『いなかのせんきょ』、『試験に出る不屈闘志物語』(共著)がある。
『フィクショネス』ホームページ


サラリーマン生活がすっかり嫌になって、書店を始めました。




書店『フィクショネス』オーナー、そして作家というふたつの肩書をお持ちですが、順番でいうと、『フィクショネス』をオープンされたのが先ですよね。


そうです。この店(フィクショネス)は1998年にオープンしました。作家としてデビューしたのは2003年です。

書店を始める前は、何をされていたのですか?

10年間、サラリーマンをやっていました。でもすっかり嫌になっちゃって(笑)。人を使うのも嫌だし、使われるのも嫌だし。ひとりでやっていきたくなって、あと先考えずに辞めちゃいました。サラリーマン時代はいろいろやったけど、本屋勤めが主です。まずは丸善で店員として3年くらい働いて、そのあとは医学文献の情報サービスの仕事を5年ばかしやった。医者や製薬会社から要請があった文献を、コピーして提供するという仕事なんですけど、その仕事のために2年間、アメリカに行かされました。アメリカには『ナショナル・ライブラリー・オブ・メディスン』という、世界で一番医学文献が集まっている図書館があるんですよ。

アメリカから日本に戻ってこられたいきさつというのは?

アメリカにはずっといたかったんだけど、仕事のことで腹にすえかねることがあって、それで辞めちゃった(笑)。アメリカから帰ってきてからは、秋葉原の漫画専門店に勤めました。

いずれにしても、“本”関係のお仕事ですね。脱サラ後の選択として、なぜ書店経営を選ばれたのでしょうか。

本が好きというのもあるけれど、「簡単だし」と思ったんです。実際は、全然簡単じゃなかったけどもね(笑)。日本に戻ってきた時期は、バブルが崩壊したころで、いわゆる“失われた10年”のまっただ中。そうすると「楽な商売なんてないんだ」って思うわけですよ。だったら、好きな商売をしようと。

『フィクショネス』は、下北沢駅から徒歩2分の場所にありますが、路地を奥に入ったうえに、2階にあります。なぜ、こんなわかりにくい場所を選んだのですか?(笑)

家賃が安かったから。あと、店を始める段階で、「なんか書きたいな」と思っていたので、あまりにも店が忙しくなるのは困ると思って。下北沢という街を選んだのは中学、高校の頃から、本多劇場に通っていたからです。僕、本多劇場のこけら落としを観てますからね。斎藤憐別役実唐十郎の書き下ろし、連日公演とか。気鋭の作家たちが素晴らしい作品を発表していた、すごかった時代ですよ。唐十郎だけは切符が手に入らなくて行けなかったけど。そういう意味でも馴染みがあったし、好きな街でもあったんです。

大変失礼ですが、決して広いとはいえない店舗ですよね。

そうですね。物件自体は15坪あるのですが、3年くらい前から、その半分を僕の作業場兼ワークショップのスペースにしたので、店舗としては実質7〜8坪くらい。

そうなると店内で展開できる本のラインナップに限りが出てきますが、本はどのような基準でセレクトされているのでしょうか。

オープン当初から現在まで、セレクトの基準は“普通の本屋の逆をやる”ということ。普通の本屋の逆というのは、この規模の店で堅実にもうけようとすれば必ず展開するであろう“週刊誌・漫画・エロ本”を、絶対に置かないようにしたんです。雑誌のかわりにミニコミ誌を、漫画のかわりに絵本を、エロ本のかわりに文庫を置いて、好きに運営できるようにしました。ニューヨークのグリニッチヴィレッジにこういう店があって、それに憧れてつくったんです。

書店の開店方法は、書店勤めの経験で、ある程度身に付いていたのですか?

はい。普通の本屋をやろうと思ったら、本の問屋である取次会社に保証金を払うなど、元手がとてつもなくかかっちゃう。保証金というのは、取次と取り引きを開始するにあたっての担保金なんですけどね。だけど僕は、最初から普通の本屋をやるつもりはなかったから、取次を通さずに自分で本を仕入れるようにしたんです。神田村という、本屋だけが入れる問屋に行って、カートを引っ張って直接買い付けてくるんですよ。

資本金はどれくらいだったのですか?

少なかったよー(笑)。500万くらいじゃなかったかな。店を借りたり、什器入れたりするのに250万、本の仕入れに250万。でも一般的な書店をつくろうと思ったら、こんなもんじゃ足りないですよ。さっきも言いましたけど、取次へ必ず保証金を払わないといけないので。当時、その保証金が坪50万と言われてましたからね。資本金は最低でも2000万円は必要だと思いますよ。

書店をやろうと思い立ってから、『フィクショネス』をオープンさせるまでの経緯を教えてください。

「本屋をやりたいな」と思い立ってから、開店までの期間は1年くらい。その思いが具体的になり、物件を探し、この店舗を見て一目惚れして、すぐ契約して……。物件を決めたあとに秋葉原の漫画専門店を辞めて、開店準備にかかりました。物件が決定してから開店までの期間は、約3ヵ月かな。


藤谷治さん

開店準備で、一番大変だったことは?

体力。金がないから、内装はほとんど自分でやったんですよ。金なんてものは、なくて当たり前だったから、精神的苦痛にはならなかった。壁紙貼りや神田村での本の仕入れを同時にやったので、体力的に辛かったですね。いざ開店してみて大変だったことは、予想以上に、お客が来なかったこと(笑)。だからといって、積極的にはその問題に対処しなかった。どうにかなるかな、と。

不安にはならなかったのですか?

もし僕に、脱サラ・独立の資質があるとしたら、そういう無神経なところじゃないですかね。なんとかなっちゃうだろうという、オプティミズムをぬぐいきれないというか。この店をオープンさせたとき、知人から「まず、シモキタを歩いている奴は金を持ってない。次に本屋というのは、階段を一段上がる度に、売り上げが1万円落ちていく」と言われたんですよ。でも、全然、気にならなかった。

実際、どうにかなってきて、今日までお店が続いていますよね。

そうなんです。インディーズものの本やCDも置いているのですが、CDの販売会をやったら、思わぬ人数が集まって売れたとかね。店のオープン当初、実はWEBの占いサイトでライターもやっていたんですよ。いまは小説を書いてますけど、他の仕事でこの店を支えているということも、なんとか店が続いている理由です(笑)。

書店の場合、本の新刊情報は取次から送られてくることが多いのですが、その取次と取り引きがありません。どうしているのですか?

新刊は仕入れない(笑)。新聞広告とかで知るくらいですよ。この店は、新刊にはほとんど関心を持たずにやっているので。

神田村で本を買い付けるということでしたが、大量の本のなかから、どういった基準で本を選んでくるのですか?

僕の脳。頭にある知識(笑)。「あ、太宰治だ。ポール・オースターだ」とか、自分の頭にある知識に引っかかったものを選んできます。あと「寺山修司は、シモキタでウケるな」とかね。

どのくらいの頻度で仕入れに行かれていますか?

開店当初はね、週3回は行ってた。最近は、作家活動が忙しくなって、月1回くらいになっちゃってるけど。でも、それではいけません。反省してます。

一般的な書店の場合は、その仕入れに行くという工程が省かれるわけですよね。

そうです。注文書を出せば、毎朝、取次から本が届けられるわけですからね。それに返品がきく。でも、この店みたいな仕入れ方法だと、返品がきかない。だって買い取っちゃってるわけだから。

仕入れたものが売れ残ってしまった場合は、どうされているのですか?

棚ざらしになるか、僕の本になるか(笑)。

そうすると、リスクもありますよね。

リスクだらけですよ。リスクだけでできているといっても過言ではない(笑)。だからね、オプティミストでないと、こんなことはできないですよ。だからといってオプティミストになる方法もないのだから、これは僕の得意技というしかないですね。

『フィクショネス』のホームページにも書かれていますが、この店は“本のセレクトショップ”であり“コーディネーター”です、と。つまり、お客さんのそのときの気分や要望に応えるような本を選んで、ご紹介します……というのが、この店の特徴ですよね。

最近になって、それがようやく浸透してきたみたいです。「昔の恋愛小説を読んでみたいのですが、お勧めは?」とか「落ち込んでいるときに、さらに落ち込めるような小説を読みたい」など、お客さんのほうから積極的に話しかけてくれますね。

どういったお客さんが多いですか?

いろんな方がいらっしゃいますが、大学生、フリーター、ニート……、そういう若い人が目立つような気がします。女子高生もね、ときどき来てくれるんですけど、店内見て「これ、可愛くなーい?」と言って、結局、何も買わずに出ていかれることが多いですね(笑)。

『フィクショネス』の売れ筋は?

谷崎潤一郎、ポール・オースターかな。

それらが売れる理由は?

僕が勧めているから(笑)。谷崎は週刊誌的な興味をそそるスキャンダラスなストーリーでありながら、文学的に非常に優れている。あまり本を読まない人が、最初に読む作家としてはお勧めです。『痴人の愛』や『春琴抄』など、比較的サクッと読めるものを勧めることが多いですね。

フィクショネス店内

ポール・オースターを勧められる理由は?

読んで単純に楽しめる作品が多いから。翻訳にも恵まれているよね。でも僕は最近、この作家には疑惑の目を向けているんです。「本当に面白いのか?」という(笑)。実は、スタイルだけかもしれない……、とかね。でもこれはまだ見極めていないので、まだ疑惑です(笑)。

本を読まない人が多くなったと実感されることはありますか?

そういう人ばかりでしょう。だからといって「これを読んでないの? 知らないの?」というような驚きはない。でもたとえば、自称・真性マゾという若い男の子がこの店に来て「谷崎潤一郎を読んだことがない」と聞けば、単純に「もったいないなぁ」と思う。だからこの店では、下北沢に遊びに来るような10代、20代の人たちにとって“その年代で読んでおきたい、代表的な作家・作品”を、最低限そろえているつもりです。

さきほども少しお話に出ましたが、インディーズ系を置いているというのは、たとえば「若いクリエーターを応援したい」など、なにか理由があるのですか?

誰でも、最初からよいものはできないと思うんですよ。だけど、最初のダメなものを「ダメ」って言っちゃったら、そこで次のものをつくらなくなっちゃう。だから僕は、持ち込みの本やCDの審査はしないし、よいも悪いも言わない。でも絶対に店に置くよ、というスタンスなんです。そうすると、彼らは「次をつくろう」と思う。その期待に応じてくれる人は、10人にひとりくらいですけどね。でも、ずっと続けてきた人のなかではメジャーデビューしたミュージシャンもいるし、賞をとった絵描きさんもいる。だから僕のこの考えは、間違っていないと思っています。

ちなみにメジャーデビューしたミュージシャンというのは?

空気公団』です。彼らも最初は500円のカセットテープからスタートした。少しずつですが、彼らがマスコミに露出する機会が多くなったりして、世の中に注目されつつあるのが僕にもわかるわけですよ。ドキドキするよね、そういうのって。この店に作品を持ってきた人たちが、どんどん認められていくのは、ちょっと感動的。




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“新刊無視”の書店オーナー 作家・藤谷治さん:“店舗型書斎”で小説を書いています。

▼書店経営を指南!?
書店経営を指南!?
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書店の始め方から遅咲きの作家デビューまで、藤谷流オプティミズムの極意とは!?

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藤谷治さんの名刺
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 ▼藤谷治さんの著書
『おがたQ、という女』小学館
『おがたQ、という女』小学館

“おがたQ”と名乗る謎の美少女の「女の一生」を、彼女をとりまくクセのある人物たちをからめて描いた、一風変わったシンデレラ・ストーリー。「」がひとつもでてこない“あらすじ文体”が、独特のスピード感を醸し出す。



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