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(VI)
2005年(平成17)年はじめ、ふみえは野田のもとをおとずれて話した。
「写真集の依頼があるんです」
実現すれば7年ぶりとなる。会社を設立以来、写真集の話は仕事の都合でできずにいた。
野田は、すぐには首を縦には振らなかった。ふみえは芸能界に入ってから15年、歳も30を越えている。それでも言葉では言い表しがたい艶やかな魅力を醸し出していた。写真集を出しても、かなりいける。野田の長年の経験が、そう語っていた。
にもかかわらず、すぐに承諾しなかったのは、あえてふみえを試したのである。ふみえが、いったいどこまで本気なのか、どこまで覚悟しているのか、野田はそれを見たかった。
ふみえは、一度拒否されたくらいではあきらめなかった。2度、3度……、何度も野田のもとをおとずれた。5度目におとずれたときに、野田は納得した。
(ああ、ふみえはまだ元気なんだな)
それだけのパワーがあれば、プラスアルファの魅力を写真集であらわすことができる。かならずや、いい写真集ができあがる。
野田は、ふみえに言った。
「よし、写真集をつくったらどうか」
「はいっ!」
ふみえは、満面に笑みをたたえた。
野田は、ふみえに訊いた。
「ところで、これは金のためなのか。それとも仕事を継続するための手段なのか」
ふみえは、きっぱりと言った。
「両方です」
ふみえは16歳で家出同然に飛び出してから、ここまで自分自身の力で道を切り開いてきた。また、その自負をもっている。それゆえに金銭感覚は厳格だった。
「いや、どちらか片方だけを選べ。おれだって両方は無理だ」
同じ写真集でも、金のためにつくる写真集と今後の仕事を考えたうえでの写真集では、写真家の選び方、ロケ先、あるいは、出版社にいたるまでちがってくる。
(写真集をつくるのはギャラのためではない。タレントを売る手段なんだ。高額のギャラを求めれば、そのぶん他の媒体が制限されてしまう。安いギャラでいい。そのほうが、これからのふみえのためになる)
そして無論、ふみえは経済的なことより仕事の継続性を選んだ。
今回の写真集は、ふみえはモデルとしてカメラの前でポーズをとるだけではなかった。企画の段階から積極的に打ち合わせに参加し、スタッフと話し合いの機会を持った。
また、写真集でふみえが身につけているアクセサリー類はすべて、ふみえ自身がタイアップで、お気に入りの宝石店から借り受けた。それも、本来ならレンタル料を支払うところだが、数百万円分もの宝石類を無償で借り受けることができた。
ヘアメイクは、ふみえが十数年来世話になっているvirgin代表・八幡雅治、スタイリストとは数ヵ月前に知り合ったばかりであったが、2人ともモデルとしてのふみえと十分に意気投合した。
そのスタッフたちと綿密に打ち合わせたをしたうえで、撮影はおこなわれた。
野田は、カメラマンには、ふみえと長年コンビを組んできた山岸伸を選んだ。
その年の3月、ふみえはシンガポールへと飛んだ。奇しくもそのロケの前に婚約者のブライアンとの6年半の交際は振り出しに戻ったと、写真集の発売サイン会において本人はスポーツ紙に告白している。
山岸は12年ぶりの撮影でもまったく変わらなかった。冗談を言って、ふみえをなごませた。
一方、山岸はファインダー越しに、ふみえを見ながら思っていた。たしかにふみえはそれなりの年齢を重ねてきている。しかし、根っこにあるものが、何ひとつ変わっていない。19歳のときのままだと、山岸には映った。
できあがった写真集「feminine」を見た野田は、肌の露出など、これまでにないハードな撮影だったんだなと思った。しかし、それだけに愛情がこもった一冊となり、2005(平成17年)6月に発売された。
ふみえには、かつて野田から言われ頭から離れない言葉がいくつかある。
「おまえは、目の上のたんこぶだ」
初めてそう言われた時は、はっきりとした意味合いは、ふみえにはわからなかった。しかし、邪魔くさいが、かわいいという意味だと、勝手に解釈した。
野田は、それをいつ言ったのかが記憶にない。しかし、ときにケンカ腰と感じるほどに思いを訴えるふみえを、わずらわしく感じるのと同時に、かわいいとも思っていた。
ふみえも野田をわずらわしいと思うことがある。お互いさまながら、いい関係でいられれば……、ふみえはそう思っている。
「お互い」の間には「お互いさま」という神さまがいる。これはふみえの持論だ。
「バカと鋏(はさみ)は使いよう」
この野田のお得意の言葉も、ふみえはよく噛みしめている。
ふみえは野田のもとを離れてからも、野田をいつも見てきた。いや、所属していたときよりも。
ふみえは思っている。
(野田さんは時代の風の動きや匂い、温度を察知する感覚にすぐれているだけでなく、行動力がある。新しいことを次々に仕掛けていく。野田さんが次にどんな行動を起こすか、いつも楽しみでると同時に、これからも目の上のたんこぶでありたい)
(野田さんに「ふみえに会社を持たせてよかった」と思ってもらえ、そんな関係が続くよう、必死にやるだけ……)
一方、野田は思っている。
(ふみえを潰さないで、独立させた。独立すれば、自分で金の計算をしなければならないし、トラブルがあれば自分が矢面に立たなくてはならない。きついことだ)
さらに、こうも思っている。
(ふみえ、おまえは京塚昌子を目指せ)
80キロ近い巨体の京塚は、TBSの『肝っ玉かあさん』など下町のかあさん役を演じさせたら抜群で、庶民的な味が売りであった。
(もう少しバカができて、あたたかみのある芝居がもっとできれば、かならずもうひと花咲かすことができる。もっとバカになれ)
(おれはひとを信じすぎて失敗してしまった。でも味方だと思ったら、とことん信用するんだ。味方をひとりずつ増やす努力を決して惜しむな)
第4章 終わり
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