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田宮二郎主演版TVシリーズ『白い巨塔』【プロデュース・演出】小林俊一インタビュー
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第1回 財前五郎と寅さんをつくった男
昭和の名作ドラマ『白い巨塔』にてプロデュース・演出を務めた小林俊一氏。あの国民的映画シリーズの原点となったテレビドラマ版「男はつらいよ」を制作した人でもある。これまで携わった作品は数千を数え、現在も現役で活躍中という、まさにニッポンのドラマの歴史そのものとも言える存在だ。
本サイトでは小林氏に独占インタビューを敢行、全3回にわたって珠玉の証言の数々を紹介していく。第1回では昭和版(田宮版)『白い巨塔』の企画・キャスティングなどドラマ制作全般にわたる秘話を語ってもらった。
取材・文:高木太郎/撮影:池田栄次


田宮版「白い巨塔」は田宮さん自身が企画を持ち込んだという説がありますが、それは本当ですか?

正確に言えば、両方だね。私も田宮もお互いがやりたかった。当時、田宮二郎の個人事務所だった田宮企画は幸子夫人が社長をしていて、フジテレビと出演基本契約を結んでいたんです。私は上司から「田宮のドラマをやるから企画をなにか考えろ」と言われていました。そのとき、田宮は「白い影」(73年)で外科医役を演じたり、「白い滑走路」(74年、以上TBS)でパイロット役を演じたり、いわゆる「白いシリーズ」にすごくこだわっていた。それで、打ち合わせで田宮に会うと彼が「大映で『白い巨塔』を演じたとき、僕はまだ31歳で財前を演じるのに相当無理があった(注:原作での財前の年齢設定は42歳、映画版では39歳)。今、財前の年齢に自分が達したから、もう一度『白い巨塔』をやってみたいんだ」ということを言った。私としても「白い巨塔」を正編と続編を通して描くことは本邦初公開となる。それで「だったら、ぜひやってみよう」と言うことになり、すんなり田宮ものってきたんです。

田宮さんがどうしてそこまで「白いシリーズ」や「白い巨塔」にこだわったのか、田宮さんご本人に直接聞かれたことはありますか?

いや、直接聞いたことはないけど、まあ、あの人は派手でかっこいいことが好きだからさ、自分の中でそういうこだわりがあったんじゃないのかな。

財前五郎のモデルは田宮二郎(本名・柴田吾郎)本人だったという説もありますが――

それは、私はないと思っているんだよね。原作者の山崎さんに聞いてみないとわかならいけど、今まで話をしている中でそんな話は出てきたことはないし、ちょっとないと思うよ。

田宮版「白い巨塔」で小林さんが一番こだわった部分はどこですか?

とにかく、原作がすごい作品だからね。前半は国立大学医学部の教授選、後半は医事裁判とはっきりテーマが2つに分かれている。そこで、登りつめた男が訴えられて最後は自分も減退するという、そこだけは外しちゃいけないと思って作りましたよ。

リアルな手術シーンへのこだわりなどはとても有名な話ですが、具体的にどんな撮影が行われていたのですか?

東海大学のある教授とお話をして、編集したものを教材テープとして大学に差し上げるという約束のもと、患者と患者の身内の了解を取って、実際の噴門癌の手術を5時間撮った。当時としては、これだけでも画期的なことだった。でも、ただ撮るだけじゃなくて、同時にテレビドラマ的な演出も考えないといけない。例えば、第一刀のメスが患者の腹をスッーと切る場面があるでしょ。実際は、執刀医が切開部にヨードチンキみたいな消毒液を塗るんだけど、そうすると血の赤い色がわかりづらいから、切る寸前に私が飛び込んで行って「先生、すみません。なんとかなりませんか」って言うと教授も「うるさい野郎だなあ……」って顔をしながらも、消毒液を全部拭き取ってくれた。そうすると、メスでスパッーと切ったとき、白い肌にピュッーと赤い血が噴き出してね。演出家としてはその絵はどうしても撮りたかったんです。あと、カメラマンの一人は「自分は血を見るのがダメだ」って言っていたのに、ファインダーを覗くとそんなことはどこか吹っ飛んでしまったみたいで、必死に撮り続けていました。でも、切開部が一番良く見えるポジションというのは、当然執刀している教授の場所になる。それで、カメラマンがついその位置に立とうとして、教授さえも押しのけようとするんです(笑)。その度に教授の肩にカメラマンの肩が触れて、何度も教授の肩を看護師が消毒していたね。そういうことがあって、あの手術シーンの映像は当時のテレビドラマのリアリズムの最たるものになったんだと思う。撮影も編集もみんながプロ根性と尋常じゃないこだわりを持ってやっていたから。でも、実際に放送が始まって手術シーンが多くなると、フジテレビの上層部から「夕飯食べている視聴者もいるんだから……」って言われて、どんどん短くなって、結局、手術シーンは当初の予定の半分以下になってしまった。

田宮二郎以外のキャスティングについて、当時はかなり悩まれましたか?

小林俊一キャスティングに関しては、自分が思い描いたとおり、満足がいくものになりました。ただ、里見役の山本學と佐枝子役の島田陽子が並ぶとどうしても背の高さが逆になるから、最初はそれが少し気になったけど。でも、島田陽子が思った以上にいい演技をしてくれたので、今ではよかったと思っています。当時は劇画的なドラマが多くてまじめなドラマがなかったから、みんな「白い巨塔」をやるっていうとすぐに話に乗ってくれた。俳優のほうからスケジュールの都合をつけて。みんな快諾してくれましたね。

キャスティングに関して山崎豊子さんの意見が反映されることはなかったんですか?

とくにないですね。山崎さんは結構、イメージで話されるんだけど「立ち振る舞いがこういう人で……」ということで、里見なんかのイメージを語られる。それに対して学ちゃん(山本學)なんかはまさにぴったりだったと思いますよ。

脚本家の鈴木尚之氏は、山崎豊子さんの指名だったと聞きますが――

そうです。「脚本はこの人以外、いません」と指名されました。鈴木さんは「白い巨塔」より以前に、「華麗なる一族」(74年)と「女の勲章」(75年)という、山崎さん原作のTVドラマ脚本を書いていて、特別に信頼が厚かったんです。私も鈴木さんのことは「尚さん」と呼んで、すでに友達だったから「やる?」って聞いたら「やるやる」と。当時、鈴木尚之っていったら、東映の「宮本武蔵」五部作(61〜65年)や「五番町夕霧楼」(63年)、「飢餓海峡」(64年)やなんかを書いていて、佐久間良子でも若尾文子でも「鈴木さんの脚本なら読まなくても出演します」っていう相当な脚本家でした。

鈴木さんとは、かなり脚本を練られたということですが、本当ですか?

鈴木尚之っていう人はなにしろ“鈴木なおさず”って呼ばれるくらいの人だったからね(笑)。私がこう思うって言っても、「いや、そうじゃない」って譲らない。で、「一晩考えて」とこちらが言うと、ようやく半分くらいこっちの気持ちを入れて書き直してくれた。鈴木尚之というのは、もともと情念で書く脚本家で、財前と東教授の戦いは“男の嫉妬の話”だと言うんです。でも、私は、もちろんそれもあるけど、もっと壮大な権力抗争がテーマとしてあるということで、一晩かけて喧々囂々とやり合いましたね。あと、太地喜和子がやったケイ子役についても、結構言い合ったかな。あれは、原作ではあまり描かれていなかったから。でも、やり合うのは最初だけ。大事な決め事をある程度決めたら、あとはスムーズに行くものですから。まあ、大体は脚本家っていうのは女性的で、演出家っていうのは男っぽいところがあるものなんですよ。

それでは、小林さんがお考えになる「白い巨塔」の“肝”というのは、やはり“権力抗争”ということになるのでしょうか?

権力抗争と合わせて医事裁判ですよ。あの当時、医事裁判っていうのはまず成立しなかった。病院の密室でのことだから。裁判やってもほぼ100%、患者側が負けていたわけです。それが、だんだん認められて、やがて五分五分になって、現在では、医者がもう実刑を言い渡される時代になってしまったじゃないですか。これがね、山崎作品のすごいところですよ。小説が社会現象を巻き起こしたというところに、やはりあの「白い巨塔」のすばらしさはあるんですよ。

小林さんご自身には、実際にその「白い巨塔」の壮大なテーマを全31回の放送で描き切ったという自負はあるのでしょうか?

うん。それはかなりある。もうこれだけ描いておけば、絶対に古くはならないだろうと。人間像として、いつまでも残るものなんです。「ロミオとジュリエット」が俳優を変えて繰り返し演じられるように、この作品は田宮がやって、唐沢(寿明)がやって、またいつか誰かがやると思う。後世まで描かれ続ける作品だと思いますよ。

そういった作品を採点するというのは、非常に不謹慎なことかもしれませんが、あえて田宮版「白い巨塔」を自己採点するとしたら何点になりますか?

それはちょっと簡単には言えないけども……。でも、私だけの力ではなくて、山崎さんの原作、鈴木尚之の脚本、田宮二郎の演技、そのほかの俳優たちの演技……。それらをひっくるめて、私は田宮版「白い巨塔」には100点を着けてもいいんじゃないかと思っています。

では、それだけ思い入れのある田宮版「白い巨塔」というのは、今現在、小林さんご自身の心の中にどんな形として残っているのですか?

私はフジテレビ在籍中に、たくさんのドラマをプロデュース、演出させていただいた。その数だけでも1700本以上はあると思います。どれも心に残る大切な作品ですが、とくに「白い巨塔」の財前五郎と「男はつらいよ」の車寅次郎は……、なんか両方とも、自分の分身みたいな気がする。2人はまったく両極端なんだけど、よく考えるとね、どっちもおんなじなんですよ。私は寅さんも五郎ちゃんも同じだと思うな。人間っていうのはさ、みんな両極端なものを持っているんですよ。悪人になったり善人になったり、やさしくなったりいじわるになったり、まじめになったりいいかげんになったり、それを振り子の幅みたいにどんどん片方の端っこにふっていけば、車寅次郎になるし、その逆にふっていけば、財前五郎になる。みなさんも企業の中にいたりするとそういうことあるでしょ? いっそ、寅さんみたいに自由になりたいと思うこともあるし、でも、仕事をやるときは財前みたいに一生懸命やりたいって思うこともある。だから、私にとっては「財前五郎も車寅次郎も同じ」なんです。そして、私もまた、彼らと同じだとつくづく思わせられるんですよ。



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【第2回】述懐・田宮二郎
【第3回】名作は時代を超える
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小林俊一氏が語る、田宮版『白い巨塔』衝撃の秘話!
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小林俊一(こばやし・しゅんいち):プロフィール
小林俊一
1933年、山梨県甲府市生まれ。1959年フジテレビ開局と同時に入社。制作局第一制作部チーフディレクター・チーフプロデューサーなどを歴任し、数々の人気作をプロデュース、演出した。主なテレビドラマ作品は「シオノギ劇場」「おかしな夫婦」「男はつらいよ」「太陽ともぐら」「赤福のれん」「白い巨塔」など多数。また、劇場用映画としては山田洋次脚本「新・男はつらいよ」(寅さんシリーズ第4作)の監督も務めている。現在も、日本映画テレビプロデューサー協会常務理事、企画制作会社「彩の会」代表取締役として、現役で活躍中である。
田宮二郎 テレビ版
小林俊一氏は昭和版『白い巨塔』のDVD(全9枚)についても監修を務めている

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視聴率はすべてビデオリサーチ調べ(数字は関東地区)

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