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矢内理絵子 女流名人位戦・激闘のすべてを矢内女流が語る

2006年2月 第32期女流名人位戦で、清水市代女流三冠に3対0のストレートで勝利し、女流名人位戦初挑戦にてタイトルを奪取した矢内理絵子。対局前の清水女流三冠との通算対戦成績は7勝30敗と、数字上では圧倒的に不利な上、昨年の倉敷藤花、2年前の女流王位ではストレート負けしていた。いったい勝利の女神は、今回どのように矢内理絵子に微笑んだのか? ひたむきで努力家の彼女の軌跡に迫るインタビュー。(全4部構成)

写真・村田 克己   
インタビュー・堀 香織
女流棋士生命を懸けた「鬼勝負」

 

――この度は女流名人位戦(*1)のタイトル獲得、本当におめでとうございます。

矢内 ありがとうございます。

――まずは率直な感想をお聞きしたいのですが。

矢内 まだ実感がわかないんですけれども、やはり周りの方々に「おめでとう」とお祝いの言葉をいただいて、すごく嬉しいです。

――以前に「女流名人は一つの大きな目標」だとおっしゃっていましたね。

矢内理絵子矢内 そうですね。他の棋戦では予選を勝ち、本戦で勝てば、すぐにタイトル戦なのですが、この女流名人位戦にかぎっては、予選を勝ち上がってまずB級リーグ、そしてさらに勝ち上がってA級リーグがあり、そしてA級リーグの優勝者が挑戦権を得られるという、一つひとつ階段を上っていかないといけない。その道のりが大変ですし、また歴史のある棋戦なので、女流棋士になったからには女流名人になりたいという夢がありました。

――2月8日の第3局、3対0のストレート勝ちで制したわけですが、好調の理由をご自分で分析するとしたら?

矢内 自分自身でもよくわからないですし、今でもこの結果には驚きなのですが、この女流名人戦の前の倉敷藤花戦(*2)で、同じ清水(市代)(*3)さんと戦って、0対2で負けているんですね。そこでの失敗を今回は生かすことができたんじゃないかなと思います。

――藤花戦は'05年11月1日に第1局、11月27日に第2局を行っています。その直後のインタビューで「あまり悲観していない。結果は出せなかったけれども、内容的にはよかった」とおっしゃっていますね。やはり勝負の世界だと「結果だ」と簡単に言う人もいると思うのですが、「結果ではなく、内容だ」とおっしゃったことが、実際に今回の結果につながっているのではないかと思うんです。

矢内 やはりこういう世界ですから結果が出せなければ何を言われても仕方ないのですが、ただ、あの藤花戦で自分の中に手ごたえとして得られたもの、見えてきたものというのはかなりあったので、次に対戦する機会があったらもっといい勝負ができるんじゃないかなと思っていました。

――では1月15日に行われた第1局のお話から順にお伺いしたいと思います。場所が福島・西会津町の温泉健康保養センターでしたが、行ったことのない場所で対局を行うというのはどういう感じなのでしょうか。

矢内 すごく嬉しくて、ウキウキしますね(笑)。

――そうなんですか(笑)!? 初めての場所はとても緊張するのかと。

矢内 それこそ15歳で初めてタイトル戦に出た時はものすごく緊張して、対局が終わるまで体の震えが止まらず将棋どころじゃなかったんですが(笑)、それから10年以上経って、そういったところで指すというのも、かえって心地よさも感じるようになりました。

――コンディション作りはどのようにされていますか。

矢内 私はもともと気をつけていなくて、さすがに対局の前日は高ぶってきてピリピリしてくるんですけど、ただ自分のやりたいことをやるとしか考えていないので。だから前夜祭があっても、そこで楽しく過ごせるタイプです。

――縁起を担ぐとか、何かのジンクスは?

矢内理絵子矢内 特にないですね。昔はこの色の洋服を着ていると勝てないとか、勝った時のハンカチを持っていくとかやっていましたけど、キリがなくて(笑)。勝てない洋服を作るのも申し訳ないし。

――矢内さんは和服が多いですよね。

矢内 タイトル戦の時は和服を着るようにしています。メディアに取り上げていただいた時に、和服で対局しているほうがインパクトがあるかなと思って。もともと、男性棋士が和服で対局しているのを見るとすごく絵になっていてカッコいいなと思っていたんです。女性の華やかな洋服もいいけれど、和服は日本の伝統的な服ですし、それで着るようになりました。

――第1局は記事によると「150手で後手の矢内が先勝した。矢内が清水に勝つのは2001年8月の女流名人位A級リーグ戦以来約4年半ぶりで、'97年に清水から奪取した女流王位以来のタイトルに向け好発進した」と書かれています。まず、どういう戦いだったんですか。

矢内 負けた藤花戦と同じ出だしだったんです。同じ戦形になってしまったので、これは自分の反省を生かして頑張らなきゃいけないなと緊張しましたが、その時の構想がうまく行って、終わってみればかなり上手く指せた将棋でした。本当にスタートとしては最高でしたね。精神的にも「これでストレート負けはなくなった」ってホッとしましたし(笑)。悪い流れが断ち切れたとかなり安心しました。

――第2局は1月31日に東京・千駄ケ谷の将棋会館で行われましたが、この時はどういう心積もりでいらっしゃいましたか。

矢内 まず第1局目で勝ったという流れをムダにしたくないなと思っていました。1局目を指す時も、これは本当に「鬼勝負」だなと思っていたんですけど、2局目もこの勝負がこのタイトル戦を左右するなと思って、そうとう気合を入れて向かいましたね。やはり対局が始まって、途中からこれは「女流棋士生命を懸けた戦いだ」と思うようになって。絶対に負けられない、すべてが鬼勝負でした。

――「鬼勝負」……印象的な言葉ですね。これも記事からの引用ですが、「矢内は相掛かり(*4)から飛車を引き、棒銀(*5)に出た。午前中は38手まで快調に進んだが、昼食休憩を挟んで矢内が長考。持ち時間3時間のうち、36分を費やした。51手目、矢内が7七銀と受けたのが好手。今度は逆に清水がこの日最長の43分の長考に沈んだ。84手を超えるあたりで形勢は矢内優勢に。その後は挑戦者の攻めを清水がしのぐ展開が続いた。攻め急ぎそうになるところを必死に抑え、最後は清水玉を即詰みに仕留めた。」とあり、163手で清水さんを破って2連勝されました。清水さんのものすごい粘りにあった、ああいう時のための何か精神修行はされてますか?

矢内 特にはなくて、でも今回の女流名人戦であらためて学んだんですけど、やはり勝ちへの執念ですね。

――勝ちへの執念。

矢内 最後まで諦めない。勝ちたいという気持ちの強さかな……。

――以前は相手に粘られると諦めてしまうようなこともあったのではないかと思うのですが、今回は清水さんの玉が端から端へ移動するまで追いかけて、最後それで詰めきった。だから精神的にひとつ大きく変わったことがあったのかなと。

矢内 清水さんは地力がありますし、終盤が強い方で、自分自身も暗示にかかっているというわけじゃないですけど、清水さんとの対局で途中、自分が優勢になると、「早く勝ちたい、早く決定的な局面を迎えたい」と気が逸るんですよ。楽になりたくて。それで、勝ち急いで、相手の粘りにあって、自分でつまづいて転んでしまうという結果に終わっていた。でも何度もそれを繰り返して、清水さんに勝つのは大変なんだから、勝ち急ぐ必要はないんだと思うようになったんですよね。どこまでも粘り強く付いていくしかないんだなと。カッコよく勝つ必要はないんだから、一歩一歩少しずつ、駒を進めていけばいいと思うようになったんです。

――なるほど。矢内さんの座右の銘は「戦いは最後の5分間にある」ですが、そこに通じるようなお話ですね。

矢内 それはナポレオン・ボナパルトの言葉なんですけど、確かにそうだなと思って、しばらくは誰にも言わずに心の中にしまっておいたんです(笑)。今回も対局前に何度も頭に浮かべて、復唱して、臨みました。

――まさに最後まで諦めずに粘ったことが功を奏したということですね。


(Part.1終わり)

*1 女流名人位戦……アルゼ杯女流名人位戦。報知新聞社が主催、アルゼ株式会社が協賛する女流棋士による将棋の棋戦。毎年1月から2月にかけて、タイトル戦五番勝負が行われる。挑戦手合い制で、五番勝負の勝者は「女流名人」ホルダーとなる。1974年度創設。
*2 倉敷藤花戦……大山名人杯倉敷藤花戦。倉敷市・倉敷市文化振興財団・山陽新聞が主催する女流棋士による将棋の棋戦。毎年11月前後にかけてタイトル戦三番勝負が行われる。挑戦手合い制で、三番勝負の勝者は「倉敷藤花」となる。1993年度創設。
*3 清水市代……(しみず・いちよ)1969年東京都出身。高柳敏夫名誉九段門下、女流棋士番号19。'85年、16歳で女流2級に昇級、これは女流育成会制度から初めてのプロ入りとなる。87年度の第14期女流名人位戦を皮切りに女流タイトルを次々獲得。'96年、'98年に女流名人、女流王将、女流王位、倉敷藤花と合わせた女流四冠独占を達成。タイトル獲得は女流名人9、女流王将6、女流王位12、倉敷藤花9。いずれも5期以上獲得でクイーンの称号を得ている。急戦からの激しい将棋を得意とする。通算勝率は7割5分近くに達し、女流棋界において中井広恵女流六段との二強時代を形成している。
*4 相掛かり……(あいがかり)相懸かりとも書くが、明治より昭和10年代まで将棋界の主流戦法だった。
*5 棒銀……(ぼうぎん)飛先に銀を進める戦法。銀(将)を棒のようにまっすぐ進めるところからこの名が付いた。単純だが破壊力は抜群。