枝廣 経済もそうですし、環境問題もそうですが、いま、いろいろな意味でこれから先どうなっていくんだろう、どういうフレームで物事を見るといいんだろうと、迷ったり、悩まれてる方が多いと思います。田坂さんは、いま、未来が予測しにくい時代になっているという背景も含めて、「未来は、予測はできないが、予見はできる」と『未来を予見する「5つの法則」』(光文社)に書いていらっしゃいます。そこから説明していただけるでしょうか。
田坂 「どうすれば未来を予測できるか」ということは、人類にとって永遠のテーマですね。しかし、いま、未来が予測できない最も大きな理由は、我々が生きているこの世界が、どんどん「生命的世界」になっているからだと思います。「生命的世界」という意味は、企業や市場や経済や社会というシステムが、「生命的なシステム」と呼ぶべきものになってきて、その結果、バタフライ効果が起こるようになったからですね。すなわち、システムの片隅のほんの小さな揺らぎが全体をガラッと変えてしまうのです。今回のサブプライムローン問題は、まさにそのバタフライ効果の象徴ですが、以前から、必ずそれが起こるだろうという予感はありましたが、やはり、起こりましたね。
枝廣 はい。
田坂 すなわち、我々の生きている世界や社会の未来は、ほんの小さな揺らぎで全体がガラッと変わってしまう「非線形」と呼ばれる性質をどんどん強めているのです。 このことを理解しておくことがとても重要です。私は、10年以上前に『複雑系の経営』(東洋経済新報社)や『複雑系の知』(講談社)という本を書きましたが、社会において情報革命が進むと、システムの中での相互連関が強まっていきます。
枝廣 ええ。
田坂 例えば、我々が、インターネット革命以前に、一日何人の人とコミュニケートしたかといえば、かなり電話をかける人でもそれほど多くはなかった。携帯もメールもなかった時代には、コミュニケーションを通じての相互連関性は、すごく少なかったのですね。しかし、いまは、人によっては携帯とメールで、一日100人以上の人とコミュニケーションするのではないでしょうか。その一つの例をとっても分かるように、情報革命によって、社会システムの内部での相互連関性が非常に強まった。そのことによって、企業や市場や経済や社会の「複雑性」というものが非常に強まったわけです。
枝廣 なるほど。
田坂 この「複雑性」が強まると、創発とか自己組織化などの非常に生命的な現象が起こるのです。その一つが、先ほど申し上げたバタフライ効果、ほんの小さな揺らぎが全体をガラッと変えてしまうことが、頻繁に起こるわけですね。こうしたことが、従来に比べて未来予測がしにくくなった理由なのですね。
枝廣 なるほど。
田坂 私はシンクタンクの世界で何十年かを歩んだ人間ですが、一昔前の高度経済成長期の頃のシンクタンクにとっては、未来予測は、それほど難しくなかったのですね。例えば、5年後にこの市場規模はどの程度になっているかと聞かれたら、現状の数値に対して人口の増加率や経済の成長率をかけて計算すると概ね当たったのですね。なぜなら、社会の変化が、ぼぼ右肩上がりに一直線に伸びていった時代だからです。しかし、いまは、もう3年後の変化ですら予測ができないのです。
枝廣 ええ。
田坂 そうした理由から、未来を予測することは極めて難しくなった。未来というものを、具体的に、定量的に予測することは不可能になったのですね。しかし、では未来は全く分からないかといえば、そうではない。未来は、予測はできないが、予見はできる。これは、言葉の定義の問題ですが、具体的、定量的に未来を予測することはできないが、大局的、傾向的に未来を予見することはできる。すなわち、Predictはできないが、Foreseeはできる。なぜなら、この世界には、その変化、発展、進化の法則があるからです。変化、発展、進化の「理(ことわり)」といってもいい。
枝廣 「理」……。
田坂 具体的、定量的に未来を知ることはできないが、「理」を理解することによって、大局的な発展の方向や、大きな変化の傾向は、分かる。それが、今回の私の本、『未来を予見する「5つの法則」』において述べたかったことです。では、その「理」を、どうやれば知ることができるのか。そのためには、世界の変化、発展、進化の「理」、すなわち摂理や法則を述べている哲学を学ぶことです。それらの哲学の中でも、私は、やはりヘーゲルの「弁証法」(注1)が非常に深い洞察を述べていると思います。
枝廣 なるほど。
田坂 例えば、「事物の螺旋的発展の法則」。物事は螺旋階段を上るように発展する。横から見ていると上へ上っていき、進歩、発展しているように見えるが、上から見ていると、ぐるっと回って元に戻ってくる。ただし、必ず一段上がっている。言葉を換えれば、未来進化と原点回帰は、同時に起こる。それが、この螺旋的発展の法則の意味するものですが、この法則は、かつてヘーゲルの時代には歴史学者にとってのテーマでした。なぜなら、この螺旋的発展は、数百年のオーダーで起こっていたからです。しかし、数十年という人生の長さから世の中の変化を見る一般の人にとっては、その螺旋的発展は、見えなかった。
枝廣 はい。
田坂 しかし、いまの時代は、「ドッグイヤー」「マウスイヤー」と言われるように、変化が加速している時代です。過去の7年で起こった変化が、いまは1年で起こる。もしくは、過去の18年で起こった変化が、1年で起こる。こうした変化の加速する時代においては、ヘーゲルの時代と異なり、我々の生きている数十年、一世代のうちに螺旋的発展が次々と起こる。そういう時代になったと思います。「弁証法」という古い哲学、大時代的に聞こえる哲学が、いま、これから3年後、5年後、10年後に何が起こるかを予見するとき、極めて役に立つ時代が到来したのです。
枝廣 「生命的なシステム」とおっしゃるときには、それは生命体のように相互的関連性があって、いろいろなものが密接に結びつきあって、影響しあっているというイメージで捉えればいいのですか。
田坂 そうですね。相互連関性が強くなると、システムの内部でのループが増えるのですね。言葉を換えれば、循環構造が生まれる。そして、一度、循環構造が生まれると、「ポジティブ・フィードバック」と呼ばれる加速現象が起こる。すなわち、一度起こったことが、また起こりやすくなる。哲学的に表現するならば、いま我々が生きているこの世界が、非常に生命的な姿を示す根本的な理由は、このポジティブ・フィードバックが起こるからです。一度起こったことが起こりやすくなるからです。分かりやすい例を挙げるならば、雪の結晶がそうです。雪の結晶は、二つとして同じものがない実に美しい秩序や構造を形成するのですが、なぜそれが起こるかというと、氷の結晶核がひとつ生まれると、その生まれた方向に結晶が発生しやすくなるからです。だから結晶が枝のように、ずっと伸びていく。すなわち、一度ある方向に結晶が伸び始めると、どんどんその枝が伸びていくために、結果として、秩序や構造が形成されるのですね。
枝廣 はい。
田坂 「自己組織化」の原理というのは、言葉にすれば非常に簡単です。「一度起こったことが、再び起こりやすくなる」。そのポジティブ・フィードバックが生じるからです。例えば、なぜ、野原に獣道ができるのか。それも、ポジティブ・フィードバックが原因です。最初に、熊か何かが通り、踏み跡ができる。だから、その跡を鹿が通る。さらに歩きやすくなるから狸が通る。そうやって、獣道が形成されるわけです。
枝廣 なるほど。
田坂 「一度起こったがことが、再び起こりやすくなる」というポジティブ・フィードバックのループが形成されると、そこに、ある「秩序」が生まれてくるのです。これを我々は「生命的現象」と感じるわけです。そして、実は、現代においては、「生命的現象」の定義が大きく変わりつつあるのですね。我々は「生命的現象」というと、すぐにDNAや遺伝子などを議論しますが、実は、自然に秩序や構造が形成されてくるこうしたプロセスそのものが「生命的現象」の本質なのですね。それを、我々は人為的に、ここから先が生命だ、非生命だ、生物だ、無生物だと言っていますが、実は、生命と非生命の区別は、本当は明確には分からないのですね。
枝廣 はい。
田坂 システムの内部での相互連関性が高まると生命的な性質が強まるのは、ループが形成されて、一度起こったことが起こりやすくなるため、自己組織化とか創発が生まれやすくなるからです。例えば、市場における「デファクト・スタンダード」(事実上の標準)がそうですね。なぜ、市場でブルーレイ陣営が勝ったのかというと、やはりポジティブ・フィードバックです。一度、皆がブルーレイが良いと思い始めると、ますます多くの映画ソフトが出るようになる。映画会社も、ブルーレイ陣営に鞍替えする会社がでてくる。ますます、誰もがブルーレイが良いと考え始める。そうしたポジティブ・フィードバックのプロセスを通じて、そこにデファクト・スタンダードが生まれてくる。国が決めた標準ではないが、強固な標準が生まれてくるわけです。
枝廣 ええ。
田坂 自然現象も然り、生命現象も然り、社会現象や心理現象もすべてそうですが、この「複雑性」や「複雑系」が示す「生命的プロセス」が非常に重要な現代のテーマになっているのです。それが、私が10年以上前に『複雑系の経営』や『複雑系の知』を書いた理由です。
枝廣 はい。
田坂 このように、私が未来を予見するときには、一つは、この「弁証法的な捉え方」を重視します。そして、もう一つは、いま述べた「複雑系的な捉え方」。さらに、「社会心理的な捉え方」が、未来を予見するときに非常に有効な方法を与えてくれます。
枝廣 そうですか。
田坂 例えば、経済は、いま、「アテンション・エコノミー」(注目の経済)と呼ばれています。人々の注目が集まれば集まるほど、そこに経済的な価値が生まれてくる時代に入っています。ある商品やサービス、企業や場が、一度多くの人の注目を集めるようになると、そこにありとあらゆる有利な状況が発生するのですね。
枝廣 はい。
田坂 例えば、ウェブサイトでもアクセスが圧倒的に増えると、そのサイトが、そのテーマに関するデファクト・スタンダードのサイトになり、そこでいろいろなビジネスやコミュニティを創りやすくなる。これもポジティブ・フィードバックですが、そこに社会心理的なプロセスが、強力な加速をかけていくのですね。
枝廣 なるほど。
田坂 このように、「弁証法」「複雑系」に加えて「心理学」が、未来を予見するときに役に立つ。実は、トランスパーソナルな心理学まで、これからの時代には、未来を予見するときの面白いテーマになってくると思います。なぜなら、社会に存在する「集合的無意識」(注2)のようなものが、いろいろな現象を引き起こしているからです。例えば、いま、社会において犯罪が増えているのは、単に取り締まりが甘いからだとか、アメリカでは銃が自由に持てるからだというような表層的な理由だけではないのです。ユングが語った「集合的無意識」の世界で非常に怖い何かが起こっているのではないでしょうか。
枝廣 私自身、大学では心理学を専攻していたんです。カウンセリングで特にユング心理学などを学びました。
田坂 ユングを勉強されていたのですか。
枝廣 京都大学の河合隼雄先生などと研究会をご一緒させていただいたりしました。その後、ずっとシステムダイナミックスやシステム思考を勉強していて、いま、それを教えるコースを開いています。
田坂 そうですか。それは面白いですね。













