
卒業後カナダ、モントリオールの映画製作会社に所属した。現在、フリーランスで主にFlash を使用してアニメーション、プロモーションビデオ、TVCF等を制作している。オリジナル作品「PERESTROIKA」で、アヌシー、オタワ、ザグレブ等、多くの国際アニメーションフェスティバルに入選。
アニメーションから始まり、デザインやプログラミング、動画配信その他、ネットの環境開発に関連するあらゆるシーンで汎用性を有するソフトウェアの1つとなったFlash。
そのFlashでアニメーションを制作する事で知られるうちの1人が青池良輔氏だ。
『CATMAN』は2002年に現:Shockwave(TM)で配信が開始された青池氏の処女作にして代表作である。映画製作会社に属していた経歴もあり、当時制作されていたFlashでのアニメーション作品にはなかった映画的な演出でも話題となった。主人公「CATMAN」のハードボイルドぶりにも惹かれる人も多く人気となり、翌2003年には続編としてシリーズ2も配信されている。
それから4年。10月26日より待望の『CATMAN』シリーズ3配信がフジテレビ公式サイト内「お台場ランド」で始まり、現在も順次配信中だ(CSのフジテレビ721でも放送中)。
エピソード1「CATS & CHEESE」はこれまでのシリーズを見ているファンであれば思わずニヤリとさせられる事だろう。
今後シリーズ3、全6話を配信の他、CATMANを使用したオリジナルインフォマーシャルの制作や携帯での動画配信などの展開を予定している。
そこでフリーランスとして現在活躍の青池氏の目下進行中であるクリエイター立志伝に迫ってみた。彼のこれまでの経歴を振り返ると、その枠内で単純に片付けてしまうには失礼で、イメージづけられてしまうにはあまりにも惜し過ぎる程の「根性」が内在していた。
取材・文:真狩 祐志
紅いコーリャン:1987年制作。「HERO」(2002年)や「LOVERS」(2004年)等で知られるチャン・イーモウの監督デビュー作。色彩表現が特徴的でこの「紅いコーリャン」も「紅」が印象深い。
第38回ベルリン国際映画祭でグランプリに相当する金熊賞を受賞。
■映画監督になると決めたあの日
高校生の時にチャン・イーモウ監督の『紅いコーリャン』(注1)って作品を見て映画監督になろうと決めましたね。
『ちょ、な、何?超カッコいい』と凄いインパクトを感じました。こんなカッコいい、インパクトのあるものが作れるなら映画監督になろー、って思ったのが高校2年生の夏か春ぐらいだった。
『俺って文章書けかけんじゃん』とか『アートのセンスありそうじゃん』とか『人まとめたり出来るじゃん』とか勝手に思って映画監督になるしかないと。珍しく目覚めました(笑)。
それで図書館に行って映画の棚にあるものは全部読もうと決めて、端から映画理論とか映画史とか読んで行きました。読んでく途中で、表でタバコ吸ってて補導されて……。
──わはははは
もう図書館に行くなみたいな。お前は図書館に行くと悪い事をするっていう。で、うちの親をなんか説得しなきゃいけなかったんで、そん時から自分で8ミリ回したりビデオ回したりして、これ見て下さいと。
──それから大学に進学されて……。
大阪芸術大学映像学科映画コースに進学して、友達と集まって自主映画はいっぱい撮ってて、一時期は月1本撮ろうとか無茶な事をしたり。当時はフィルムで、デジタルのAV編集とかないのでアナログでフィルムの切り貼り編集だったのですごく大変でしたね。大学の3、4年で100分の作品を作りました。予算も学生なりにかけて。
──どういう作品だったんですか?
甘じょっぱい……。ははははは。見てなくていいですよ。もう、あの、凄いなんか青春ものですよ。
友達らと『難しいのはやんなくてエンターテイメントでありながら自分らでしか撮れないものを撮ろう』って言ってたら……中途半端な甘じょっぱい作品になってしまいました。
インディーズムービー・フェスティバル:青池氏が応募したのは1996年の第1回。ビデオ(現在はDVD)のレンタルによる観客審査等も含め、審査に1年かける。ちなみに第1回のグランプリは北村龍平氏。次回の第11回からは「インディーズストーリーフェスティバル」と名称を変更し、ムービーではなくテキストでの作品を募集する予定。
で、インディーズムービー・フェスティバル(注2)という映画祭に出したらTOP10に残りました。
そうなるとビデオを出してもらえて、全国のTSUTAYA で置いてもらえるんですね。
2年かけて監督して、ビデオまで出て。まぁ、また調子に乗るじゃないですか。
もっとやりたいもっとやりたいって。それで映画の方に行こうと思ったんですけど……。
僕ら第2次ベビーブーム世代は就職難で、結局、出てた映画関係の求人は松竹の『会計』が1人。
その後、ツテを辿ってプロダクションを当たったりしてたところ、知り合いのプロデューサーがカナダの制作会社だったら紹介してあげるって言ったので、じゃあ外国行くでしょう、って。
友達に『青池です』って英語の手紙書いてもらって、何通か書いてるうちに、向こうから『お前立派だから来い』って言われて。英語喋れなかったんですけど……。
──喋れなかった!?
家で、字幕部分の画面にガムテープとか貼って『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を観て『俺、超セリフ分かってるよ』と思ってました。
単に何回も見てるからあらすじが分かってるだけなんだけど(笑)。これでカナダに行けるなと。で、カナダ飛んで、会社に行って2秒後ぐらいに、こいつ英語喋れねーってのがバレました(笑)。でもめちゃめちゃ遠いからすぐ帰すわけにも行かないし。そん時にその会社が日本との共同制作をやってたんで一応仕事はあったんですよね。

