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大新聞の影響力と権威

 
 

 渡辺氏が日本の政界のトップに対してなぜこれだけの権力を陰で行使できたかといえば、公称1000万部という発行部数世界一の大新聞の影響力と権威をバックにしているからに他ならない。傘下のテレビを含めた読売新聞グループの世論への影響力は絶大なものがあり、政治家といえどもいったん反感を買って新聞の集中砲火を浴びれば、政治生命や社会的生命をも奪われかねないことになる。世論を気にする政治家たちは、たとえ総理大臣であろうとも、読売グループを率いる渡辺氏のいうことを聞かざるを得ない立場にあっただろう。渡辺氏は圧倒的なメディアの権力にものをいわせて大連立を仕掛けた。
 権力欲を満たす道具として新聞を使うことは無意識的であれ、確信犯的であれ、ジャーナリズムの原理原則の放棄につながる。ジャーナリストとは事件の事実フアクトを取材して公正に報道し論評する者のことであり、決して事件を起こした当事者の弁明やPRをする者ではない。市民社会に新聞が生まれてこのかた、営々と築かれ確立されてきた近代ジャーナリズムの理念とは、世の真実を公正な立場から明らかにして正しい世論を導くことにある。新聞が公器といわれるゆえんである。
 もしも渡辺氏が本当に憂国の情にかられて大連立を提言したかったなら社説の中の主張でその思いを読者に伝えるべきだったし、フィクサーとして直接に影響力を行使したかったならば、読売新聞が特ダネ記事を掲載することを諌いさめるべきであった。しかし“二つの獲物”を同時に得ようとしたために、足元の新聞ジャーナリズムへの信頼性を著しく傷つける結果になったのだ。
 世にいうフィクサーとは、隠された何らかの政治的、経済的な目的を遂げるために、表には決して出ることなく隠密裏に事件を仕掛けて世の中に陰謀をめぐらしたり騒乱の種をまいたりする人物のことだ。これが国家的に組織化されれば米国のCIAや旧ソ連のKGBのような存在になる。1960年代、米国でキューバのカストロ首相暗殺計画をCIAが練った時期があったが、計画が失敗してはメディアに暴露されたことがあった。当時のケネディ大統領はCIA職員に対して「諸君たちの成功は評価されない。しかし失敗は世に喧伝される」と語っていたというが、陰の仕掛け人はその痕跡すら残さずに仕事を終えるのが常道だ。



エリート層との交流


 ところで今回、世界一の大新聞を利用しながらフィクサーのような役割を演じた渡辺氏とはどういう人物なのかといえば、政治家でも財界人でも官僚でもない生粋の新聞人であることにかわりはない。その渡辺氏にジャーナリズム論の原理を説くのは釈迦に説法かもしれない。しかし今、あえていいたい。
 渡辺氏は東大の学生時代に左翼運動の洗礼を受けるものの、東京・山の手の良家の育ちで開成中学から旧制高校を経て東大へ進んだ知的エリートだ。
 近著『君命も受けざる所あり 渡邉恒雄 私の履歴書』(日本経済新聞出版社)を読むとその感を深くする。大学を出て読売新聞記者になった渡辺氏は政治記者として頭角を現してゆくが、その取材先と交流人脈はおおむね日本の政財官のエリート層に限られていることがわかる。政治家との付き合いも宇都宮徳馬、大野伴睦、中曽根康弘といった大物たちばかりである。
 渡辺氏が若手政治記者として辣腕らつわんを振るった保守合同や55年体制成立のころは、混乱しながらも新生日本を担う活気が政界にあふれていた時代でもあった。盟友となった中曽根氏とコップ酒をかわしながらの友情もそのころ芽生えた。自民党総裁選挙では目の前で札束が飛び交い、政治記者が自分の持っている情報を派閥の領袖へせっせと届ける様子が、同書に描かれている。
 渡辺氏と同年代かそれに近い政治記者たちの言動を調べてみると、おおむね渡辺氏と共通のメンタリティがあることに気づく。政治記者たちは有力政治家の懐に入り込み、信用を得て親密な関係を築くことで特ダネをもらい新聞社でも出世の階段を上がる。さらには自ら政治派閥の一員に組み込まれて政治を動かす側に立つ。
 政財官の鉄の三角形といわれる一角に食い込んで日本の支配層の人脈に加わる一方で、新聞社の新社屋建設のための国有地の払い下げや自社の系列テレビ局の電波獲得となると、懇意な政治家に働きかけて自社に有利なビジネスを誘導して愛社精神を発揮することもある。政治記者が新聞社のトップに出世するチャンスが多いのは、親密になった有力政治家のバックアップがあるからだ。
 もちろん取材先に食い込むことはスクープのための条件だが、これが行き過ぎると抜き差しならない新聞と政治家の癒着を生み、記者は取材先と一体化した利害集団の一員に陥ってゆき、新聞は有力政治家の宣伝機関と化してしまう。大新聞の政治記者は有力政治家と結んで政治のプロセスに介入しているうちに、自分が国家を動かしているという自負心をふくらませてゆくことが多い。国民に「政財官の腐敗と嘘」を伝えるのでなく、政財官の鉄の三角形の癒着を自ら支える立場になってしまうのだ。
 続発した社内スキャンダルの責任を問われて辞任したNHK前会長の海老沢勝二氏や、その2代前の会長だった島桂次氏らNHKの歴代会長も自民党有力派閥との関係が深かったといわれるし、政界には新聞社政治部出身の国会議員が多いのも巨大メディアと政治家の緊密な関係を物語っている。


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